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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)1184号 判決

上告人

安部ユキ子

右訴訟代理人

仲武雄

被上告人

本多久三

右訴訟代理人

広石郁麿

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人仲武雄の上告理由第一点、第二点について

記録によれば、原判決言渡期日である昭和五四年八月八日の原審第五回口頭弁論調書には、判決言渡に関与した裁判官として裁判官権藤義臣、同大城光代の氏名が記載されているにすぎず、裁判長裁判官の氏名の記載がない。もつとも、右調書の弁論の要旨欄には「裁判長 判決原本に基き判決言渡」との記載があり、調書末尾に立会書記官金森照雄の記名捺印があるほか、調書の裁判長認印欄には「矢頭」との印影が認められるけれども、「裁判長の氏名の記載を欠く口頭弁論調書をもつてしては、判決言渡に関与した裁判所の構成が明らかでないだけでなく、調書に認印した裁判長が当該判決の言渡をした裁判長であることを証明するに由なく、結局、右口頭弁論調書は権限ある裁判長の認印を欠く調書として無効といわざるを得ない。

してみると、口頭弁論の方式の遵守は口頭弁論調書によつてのみこれを証明することができるのであるから(民訴法一四七条)、原判決の言渡が適式にされたことは右調書をもつて証明することができないことになり、原判決は判決言渡手続に違法があるといわざるをえず(大審院昭和六年(オ)第一五三七号同七年二月九日判決・民集一一巻二四三頁参照)、右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、本件を原審に差し戻すべきである。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人仲武雄の上告理由

第一点 原判決は次の通り判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背が次の(イ)(ロ)記載の通りであるのでその何れも共に民事訴訟法第三九四条第四〇七条により之を破棄し、原裁判所に差戻べきものと思料する。

(イ) 原審は第一回乃至第四回の口頭弁論で結審しておるのであるが、その四回の立会裁判官は何れも異なつておるので弁論更新手続を為す事を要するのに拘らず、四回共弁論の更新の手続をせずして第四回立会裁判官が弁論を終結しており、之即ち判決に影響を及ぼす事明な法令違背である。

(ロ) 民事訴訟法第一四三条第一項二号によれば口頭弁論調書には立会裁判官の氏名を記載すべき事が明定されておるのである。

原審第五回口頭弁論調書(裁判言渡)には立会裁判官として権藤義臣、大城光代の二名の裁判官の氏名の記載のみであつて、裁判長の氏名の記載が無いので第五回判決言渡は何人が言渡したのか不明であるのみならず、裁判官三名構成を必要とする控訴審に於て、二名裁判官で控訴審を構成した事となり許され得ざる重大な法令違反があり、憲法所定の公平な裁判に当らず破棄差戻を免れざるものと思料する。

第二点 原判決は法律に従いて判決裁判所を構成せずして言渡された判決であるので、民事訴訟法第三九五条第一項第一号所定の絶対的上告理由に当り、民事訴訟法第四〇七条により破棄して之を原裁判所に差戻さるべきものと思料する。

即ち、原審第五回口頭弁論調書を閲するに立会裁判官は権藤義臣、大城光代の二名のみであつて、立会裁判長名の記載が無いので言渡法廷の判決裁判所は右二名で構成されていたと云はざるを得ない。

然るに、控訴審の判決裁判所は三名の裁判官で構成せらる可きであつて、二名での裁判官では構成し得られざる事は明白である。而して、右調書には裁判長が判決原本に基き判決を言渡した旨記載してあり、前記権藤、大城両裁判官立会の上氏名不明の幽霊裁判長が言渡をしたと解せざるを得ず、之即ち法律に従いて判決裁判所を構成せずして言渡を為したものと云はざるを得ないのである。

尤も、右弁論調書の右上欄裁判長認印押捺ケ所に矢頭とある押印があるが、之によつて矢頭なにがしの裁判長の立会があつたと認むるに由なくその到底破棄を免れざるものと思料する。

蓋しかかる事が上告理由として援用せられざる場合が生ずれば民事訴訟法第一四三条第一項第二号は空文となり、由々しき事態の生ずる事を憂うるものであるのみならず、憲法の公正な裁判の保障もなくなり、憲法違反と云はざるを得ないものと思料する。〈以下、省略〉

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